自転車で行こうよ【関東編】

ブログ舞台裏 -ブログ設立の背景-

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読者のみなさま、こんにちは(・∀・)

ちょっとしたお願いですが、記事ごとの興味(ニーズ)が知りたいので、記事を読んでよかったなって思ったときに、記事最後の右にある「拍手」をクリックしてもらえると助かります。もちろんイマイチ、自分には興味がないというときは押さなくてOKです。
図1

その理由はモチベーションが上がるという理由からではありません。
どれくらいの方が読んでくれているかはブログ管理画面の固有PVで見ることができますが、このブログには…自転車、旅、仕事といったいくつかの要素が混在しているので、それぞれもしくは全体について評価を知りたいという純粋な気持ちがベースにあります。拍手となっているのでプラス感情(楽しかったなど)のときしか押してはいけないような感じがしますが、そこは気にせず読んでよかったなーと思ったら時に押してもらえれば助かります。

このブログには様々なカテゴリーが混在していて、タイトルは自転車なのによくわからない、という感想をお持ちの方もいるのではないかと思います。

実はこのブログ設立の背景にはある目的がありました。

そして今も自分がこういうストーリーを意識した形式で、やや凝った要素も取り入れながらブログを書き続けている理由は、それが実際自分に(特に仕事面で)プラスになっているのでかなり助かっているという単純な理由です。



日記を感情の思うままに書くことはさほど難しいことではないと思っています。
それこそ昔は、某SNSでそういう日記を書いてきたこともありました。自分自身は感情的な振れは大きいほうだし、悩むことも多かったのですが、現在はそういう部分は減ったと感じています。前の職場での変化の激しさが自分を育てたのかもしれませんが、ブログを書いていなければ途中で折れていた可能性もあると今は思います。

精神的に病みそうな状況下で、もしくは退屈な毎日で、それをブログという客観的な媒体に「脈絡のある文章」として記録することは、主観の世界から抜け出して物事の前後関係を整理できます。退屈な毎日なら何が退屈なのかを見直して改善するきっかけを見つけられるかもしれないし、人間関係に悩んでいるのなら登場人物のキャラクターの分析をすることで、ひいては客観的に自分を見つめる訓練ができ、感情的な振れ幅を制御したり、これから起こるだろう事柄の2手、3手先を予測する技術といったものを身につける訓練になると感じています。

人と一緒に働いてみて思うことは、冷静に分析できる思考回路というものがいかに重要かということです。他人と何かをするとき、自分や相手にとってどこが主観的で、どこが客観的な意見なのか、なにが壁になっているのか、それに対する冷静な解決策はどこか、解決策の効果的な提示の仕方は何か。そういうことが理解・実行できるようになること…おそらくこれは社会に出て一番最初にぶち当たる壁というか、苦労するポイントのようです。そしてこれをうまく判断・コントロールできるようになるとひとつ仕事人としての階段を一つ上ることができるんだなと感じています。

これについては世の中にたくさん成書が出ていますので私が出る幕はありません。しかしブログで実体験をこうして書くことで、身近なものとして感じてもらえるだろうし、なにかしらのヒントを得られるきっかけになるのでは、と思っています。楽して得られるものではないけど、決してたどりつけない場所ではないはずだから、あきらめず腐らずいつか辿り着いてほしい、…そう伝えたかった。けどそれを伝えるとき、そこに中身がないまま言ってもただの説教になってしまう。自分は、こうあるべき、と伝えたいときまずは自分がそうでなければいけないと思っています。でなければ説得力がない。こうしたからこういう結論に辿り着いたんだ、という納得がなければただの偉そうな言葉に聞こえてしまう。だから、あることを言いたいがために長々とストーリーを綴っているということもあります。

もう一つの理由としては、自分の人生はなんだか面白いかもしれないな、と気づいたからです。
このブログでは第1話は2011年9月1日、つまり“Episode1 1.自転車との出会い「はじめの一歩」”になっていますが、実はこのブログの前にもうひとつブログが存在していて、そちらは2011年6月ごろ、つまりこのブログの3か月前から書き出したものでした。なぜそのブログが事実上の閉鎖になったかというと、「現実のスピードが速すぎて前ブログの進行速度じゃ現実に追いつけなかった」からです。それで、ロードを乗ろうと思ったあの2011年9月1日に飛び、そしてこのブログが始まったのです。

さすがに自分の転職までは予想していませんでしたが、入社後3カ月目、2011年6月の時点で魔界村(前職場)で何かが起こるであろうという直感があり、突発的に「これを記録しなくてはいけない」という使命感に駆られました。今思えばそれは魔界村を記録するのではなく、自分の人生を記録しろ、ということだったと思います。前ブログは仕事を始める以前、在学中の話に遡って始まります。そこには自分が自分として自立するひとつのきっかけがあり、振り返れば学生でありながら学生から社会の構成員としての脱皮を始めた時期だと思っています。自分が自分を自覚し始めたのはおそらくその頃からで、その頃から海外に行くようになったのです。前ブログのエピソードに関しては折を見て、少しずつEpisode0としてこちらに転記していく予定です。 

最後に、自分の置かれてる、置かれてきた環境は決して特別なものではないと思っています。
前職の職場環境にしろ、海外に行ったことにしろ、自分が感じた悩みにしろ…すべては普通のことだと思っています。もし普通でない点があるとしたら、それはそういう普通をこういうスタイルでブログにしていることだけだと思っています。ただ少し、見方を変えて普通を楽しいものに見せているだけです。だから決して特別なものではありません。特別なものではないから、誰でも見方次第でどんな物事もつまらなくしたり楽しくしたり、変えられる可能性があるんじゃないでしょうか。

-自転車-
  それは緻密に計算され、成形された金属片の集合体である。

  そこには自発的な駆動力は一切存在しない。
  駆動のすべては乗り手に一存する。
  自転車は、ただその意思を具現化する。
  それ以上でも以下でもない。

  自転車に乗りながら、人は少しずつ己の限界を感じ始める。
  自転車はただ黙々と、その限界に辿り着くまで、ひたすら前に進む。

  そしていつの間にか人と金属は共鳴し合う。

  その瞬間、その道程の先に二人は浪漫の片鱗を垣間見るのだろう。
  それは二人を惹きつけてやまない。

  歩きでも車でも電車でもない。
  そこには新しい「自転車」という視点があり、
  体には確実に「旅の軌跡」が刻まれ、
  苦しみの先にしか見えない世界が存在する。

  道に迷った時はひたすら自転車で走ってみればいい。

  自転車に乗るとき、あなたはすでに独りではない。
  旅を共にしてくれる自転車があり、
  見渡せば共に走る仲間、応援してくれる人がいる。
 

  だから、行こうよ! 自転車(チャリ)で  

-Episode1とEpisode2の節目に- 
2012年4月18日
槇井 さくら

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